きー、という声
急にメンタルの具合が悪くなって、まとわりつく子供を振り払いそうになって、いや振り払ったのかもしれない。
急いでドアのある部屋に逃げた。なにかおかしなことをしないように。
子供が追いかけてきた。ドアを閉めた。ドアの向こうで子供が泣いてる。
呼吸を二つしてドアをあけて、ごめんねといいながら抱き締めた。
抱き上げたまま、元いた部屋に戻るとおやつにあげていた、シリアルの入った皿が投げ出されていた。
ああ、本当にごめんなさい、と苦しかった。
抱っこしたままなぐしゃぐしゃに泣く子供に、ピングーのぬいぐるみを渡した。わたしに頭を擦り付けてくる。
「きー」といいながら、泣きながら、子供は、ピングーの頭を噛んで抱きしめた。
「きー」なんの言葉だろう?
子供とピングーを抱きしめたまま、床に二人で座った。
「きー」と言いながら、子供はわたしにピングーを渡して、そしてわたしに抱きついた。
ああ、好き、っていいたいのか、好きー。
なんかもう涙が出てきた。
「きー」今度は手をつないでくれた。手を掴んで。小さい手が、温かかった。
ごめんね、怖かったね、不安だったね、びっくりしたね、だから、こんなふうにしてくれるの?それなら、本当にごめんね。
「きー」といって、今度は後ろを向いてわたしの膝に収まって、子供は膝の上でころん、と横に傾いた。
だからわたしはバスに乗ってを歌った。
バスに乗ってゆられてこう、ゴーゴー。そろそろ右に曲がります。ぐいーん。
涙の粒がついたまま、子供は笑って、わたしの服で涙とよだれを拭いた。
いつかあなたがわたしから離れていくとき、わたしの心は引き裂かれるだろう、わたしは今日のことを忘れるだろう。
わたしはあなたの手を今は放さない。
そしてしかるべきときに、あなたが望んだとき、ちゃんと離れるから、それまでは一緒にいよう。あなたが大人になるまで。
きーだよ。世界で一番きー。